空気をきれいにするだけじゃなかった?!
シャープ株式会社は2025年9月3日、同社の空気浄化技術「プラズマクラスター」が、FPSタイトル『VALORANT』のプレイにおいて選手のパフォーマンスを向上させる効果を確認したと発表した。
この研究は、シャープが西日本工業大学の古門良亮准教授、九州産業大学の萩原悟一教授、およびプロeスポーツチーム「QT DIG∞」を運営する株式会社戦国と共同で実施したものである。あわせて、シャープと「QT DIG∞」とのオフィシャルスポンサー契約締結も発表された。
新たな効果検証の背景
シャープの「プラズマクラスター」と聞けば、多くの人が空気清浄機を思い浮かべるだろう。だが、その技術は単に空気をきれいにするだけではなかった。

シャープは長年、プラズマクラスターイオンが人間に与えるポジティブな影響についても研究を重ねており、今回、その一環としてeスポーツ分野での検証が行われた形だ。
そもそも「プラズマクラスター技術」とは?
シャープ独自の空気浄化技術「プラズマクラスター」は、自然界に存在するのと同じプラス(H+)とマイナス(O2-)のイオンを人工的に作り出し、空気中に放出する技術だ。発表会では、技術名の由来がイオンの周りに水分子が集まる様子がブドウの房(クラスター)のように見えることから来ていると明かされた。
放出されたイオンは浮遊するカビ菌や菌に付着し、酸化力の強いOHラジカルに変化して菌の表面にあるタンパク質を分解。最終的にイオンは水になって空気中に戻ることで、菌の作用を抑制する。

なぜeスポーツで検証?実験の背景
本実験は、このプラズマクラスターイオンがeスポーツのパフォーマンスへ与える影響を検証することを目的としている。シャープによると、プラズマクラスターの主な利用者が30代以上であることから、未来の消費者である10代、20代に技術の新たな可能性を知ってもらうため、若者に人気のeスポーツ分野での検証に着手したという。
一方、実験に協力した「QT DIG∞」側にも具体的な課題があった。チームを運営する株式会社戦国によると、長時間の練習における「持続的な集中力」の維持や、集団生活による「体調管理」に加え、特に「個人のプレイ環境」における悩みを抱えていたという。具体的には、湿度や静電気がマウスパッドの滑り具合に影響を及ぼし、プレイの快適性や精度を損なう可能性があった。
今回の共同研究は、これらの課題をプラズマクラスター技術が解決できるのではないかという期待から始まった背景がある。
これまでの研究で確認されていたパフォーマンス向上効果
eスポーツへの効果検証は、これまでシャープが積み重ねてきたヒトへの効果に関する研究の延長線上にある。過去の共同研究では、すでに以下のようなパフォーマンス向上効果が確認されていた。
- 自動車運転:ドライビングシミュレーターにおいて、ブレーキを踏むまでの反応時間が約0.5秒短縮。
- 認知機能:認知機能テストにおいて、回答時間が約5秒短縮。
- レーシングゲーム:タイムトライアルレースにおいて、タイムが約2秒短縮。
実験方法と評価指標
- 試験場所: プロeスポーツチーム「QT DIG∞」のゲーミングオフィス
- 被験者: 「QT DIG∞」VALORANT部門所属のプロeスポーツ選手、延べ10名
- 試験装置: プラズマクラスター技術を搭載した試験装置を使用し、被験者位置のイオン濃度を約100,000個/cm³に設定
- 試験方法:
- 被験者にはイオン照射の有無を伝えない状態で、「プラズマクラスターイオンあり」の条件と「照射なし(送風のみ)」の条件を比較。
- 同じ選手が両方の条件を体験する「2処置2期クロスオーバー試験」を採用。試験は2回に分けて行われ、条件の順序は入れ替えられた。両条件の試験間には1日のクールダウン期間が設けられた。
- 各条件で、プロチーム(オンライン)を相手とした5vs5の練習試合(24ラウンド固定)を3試合ずつ実施した。
- 評価方法:
- 客観指標: 試合後に記録されるADR、K/D、KDAなどのスタッツを分析。
- 主観指標: 実験終了後、eスポーツに必要な7つの能力(集中力、冷静さ、直感力、視野、瞬発力、連携の良さ、操作性)について、プレイヤー自身の実感を0~100のスコアで評価するアンケートを実施した。



客観指標:ゲーム内スタッツ
試合のスタッツを分析した結果、「プラズマクラスターイオンあり」の条件で、主要な3つの指標すべてにおいて「送風のみ」の条件を上回る結果が確認された。チーム平均値と各被験者のスタッツスコア(3試合の平均値)は以下の通り。
- ADR (ラウンド平均ダメージ): 1ラウンド当たりの平均与ダメージ量。
- 送風のみ: 122
- イオンあり: 140 (18ポイント上昇)
- K/D (キル/デス比): 相手を倒した数を自分が倒された数で割った比率。
- 送風のみ: 0.88
- イオンあり: 1.05 (0.17ポイント上昇)
- KDA (キル・デス・アシスト比): (キル数+アシスト数)をデス数で割った値。
- 送風のみ: 1.23
- イオンあり: 1.49 (0.26ポイント上昇)


主観指標:アンケート調査
試合後に実施されたアンケートでは、eスポーツに必要な能力(集中力、冷静さ、直感力、視野、瞬発力、連携の良さ、操作性)について、プレイヤー自身の実感を0から100のスコアで評価した。その結果、「イオンあり」の条件で多くの項目のスコアが向上する傾向が見られた。特に以下の項目で顕著な変化が見られている。
- 直感力: 57 → 66 (9ポイント上昇)
- 操作性: 59 → 65 (6ポイント上昇)
- 集中力: 57 → 61 (4ポイント上昇)
- 視野: 55 → 59 (4ポイント上昇)

まとめと考察
研究チームは今回の検証結果から、プラズマクラスターイオンの効果は、パフォーマンススキルの中でも特にゲーム内での立ち回りや状況判断といった「マクロスキル」に効果的であると推察している。
その根拠として、試合中に指示を出すなど認知的な負荷が高いプレイヤーのスタッツが特に上昇したこと、そして主観アンケートで認知に関わる「直感力」「視野」のスコア向上が示唆されたことを挙げている。優れたマクロを発揮した結果として、ADRやK/Dといった勝利に重要なスタッツが向上した、というのが研究チームの見解だ。
今後の展望として、この「マクロスキルへの効果」という仮説をより詳細に検証するため、状況判断能力を直接測定できる指標を用いた研究や、サンプルサイズを増やしてキーボードやマウス操作のスキル(ミクロ)への影響を分析することが求められるとしている。

研究に対するコメント
共同研究者である西日本工業大学の古門良亮准教授は、「熟練したeスポーツ選手は、オフィスワーカーの3~4倍程度のキーボードやマウス操作を行っており、その回数は1分間に500~600回ともいわれます」とeスポーツに求められる能力の高さを指摘。その上で、「高水準のスキルを安定して発揮できるプロ選手において、一部のパフォーマンス指標に向上が見られた点は極めて注目に値します」とコメントしている。
選手・コーチによる補足とコメント
「QT DIG∞」VALORANT部門のikedamaruコーチは、プロシーンにおけるスタッツの目安について次のように補足した。
ikedamaruコーチ「ADRはプロ選手の平均が120~130で、試合に大きな影響を与える選手は140~150になります。今回の実験でADRが18向上したことは、おおよそ2ラウンドに1回、1キル分多く有利が取れている状況を意味し、試合を通して大きなアドバンテージと考えられます。また、チーム平均K/Dが1.05になったことは、全選手が相手より優位に立てていると考えて差し支えないでしょう。」
被験者Cを担当し、実験で特に顕著な成績向上を見せたIGL(インゲームリーダー:よく指示を出す選手の役割)のmisaya選手は、次のように語った。
misaya選手「普段(プラズマクラスターなしの環境)では、ミクロ(操作精度)がうまく出ない部分が結構あります。でも、プラズマクラスターがある日は、スコアで見てもらうと分かる通り、本当に(スタッツが)2倍になっていて、効果が出ているんじゃないかと思います。」
被験者Bのkippei選手は、プレイヤーとしての体感を次のように述べた。
kippei選手「プレイしている間は、どちらの日にプラズマクラスターが流れているか、あまり実感は湧きませんでした。でも、こうやってスコアで見るとかなり上がっていて、これくらいの差でも、本来負ける試合を勝ち試合にできる可能性があるので、すごく効果は大きいなと思います。」
質疑応答での補足
- パフォーマンス向上のメカニズム: なぜパフォーマンスが向上するのかという点について、シャープは「まだ全ては解明できていない」としつつ、仮説を説明。プラスとマイナスのイオンが人の皮膚に当たることで微弱な刺激となり、脳の血流が向上する可能性があるという。過去の実験でマスク着用時でも効果が見られたことから、呼吸による吸引よりも皮膚への作用が影響している可能性を考えているとのこと。
- 大会での使用: 「QT DIG∞」を運営する株式会社戦国の西田代表は、「練習では積極的に技術を使っていきたい。オンライン大会に関しては、現状ルールで禁止されてはいないので、リーグ運営側と協議しながら、可能であれば使用した状態で出場したい」との意向を示した。
- 実験の再現性: 2回の試験結果の信頼性について、古門准教授は「統計解析上、偶然ではない有意な差が認められた。これは、もし同じ試験を100回繰り返した場合、95回は同様の結果になるということを統計的に示している」と説明した。
- イオン濃度について: 今回の実験で設定された10万個/cm³という濃度は、市販の最上位機種の公表値(5万個)の2倍だが、シャープは「デバイスからの距離によって濃度は変化するため、市販品でも近距離であれば10万個を確保することは不可能ではない」と補足した。
- 今後のプロモーション: シャープは、eスポーツプレイヤー向けの具体的な商品展開については明言を避けつつも、「今回の取り組みは技術そのものと効果を若い世代に知っていただきたいのが目的。今後の活動はチームと相談しながらさまざまな可能性を検討したい」と述べた。
- シャープのスポンサー契約歴: シャープがeスポーツチームのスポンサーになるのは今回が初めてではなく、過去に携帯電話事業で別のチームを支援した例があるとのこと。
今後の展望と本実験の条件について

今回の検証で示唆された集中力や状況判断能力への影響は、将来的にはeスポーツ以外の分野へ応用される可能性も考えられる。研究を担当した西日本工業大学の古門准教授も、教育現場や日常業務などでの応用への期待をコメントしている。
ただし、本実験の特有の条件も理解しておく必要がある。今回の実験は、被験者の顔周りで約10万個/cm³というイオン濃度を維持して行われた。これは、現在市販されているプラズマクラスター製品の最上位モデルが公表するイオン濃度(約5万個/cm³)の2倍にあたる。シャープは「デバイスとの距離によっては(市販品でも)10万個を確保することは不可能ではない」と補足しているが、今回の結果がすべての市販品で、またあらゆる環境で再現できるわけではない点は留意しておきたい。
「QT DIG∞」とのスポンサー契約について

本研究での協力関係を背景に、シャープは株式会社戦国が運営するプロeスポーツチーム「QT DIG∞」と、2025年9月1日から2026年8月31日までを契約期間とするオフィシャルスポンサー契約を締結した。
今後の取り組みとして、「QT DIG∞」のホームスタジアムである「esports Challenger's Park」へのプラズマクラスター搭載製品の設置や、チームのSNS、ゲームのライブ配信へのロゴ掲出などを展開する。シャープは、eスポーツ分野での活動を通じて、未来の消費者である若年層へプラズマクラスター技術の認知を拡大することを目指している。
- 九州・福岡拠点のプロesportsチーム「QT DIG∞」
- 公式HP: https://qtdig.com/
- オンラインストア: https://shop.qtdig.com/
研究が進んでもし効果が実証されれば、仕事も勉強も捗ることまちがいなし。続報に注目しよう。
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