100年前の第一次世界大戦を舞台にしたFPSゲーム『Battlefield 1(バトルフィールド 1 / BF1)』には、坂の上と下で激しい戦闘が行われる「モンテグラッパ」というマップがリリース当初からある。
『BF1』は史実を元にしたとは言っていたが、実際の「モンテ・グラッパ山」はゲームに登場したあのままなのか? それとも実は想像で作られたのか? 何よりも実際の姿と100年後の現在の姿が無性に気になり、実際にイタリアに行くことにした。
行きあたりばったりながら、博物館に保存された当時の実銃郡や慰霊碑、そして想像以上に“完全に一致”の旅行記をお楽しみいただきたい。
※「イタリア旅行記はいらん!完全に一致写真だけ見たい!」という方は、目次の「念願のモンテグラッパに到着!」あたりからご覧ください。
バトルフィールド旅行記「ゲームの戦場から100年経った実在の場所を見る」
俺たちはカポレットでの敗北の屈辱を忘れていない。
『Battlefield 1』「鉄の壁」より
そして今日ようやく、ハプスブルクの侵略者どもに奪われた国土を取り戻す機会が訪れた。
お袋、どうか俺のために祈ってくれ。
イタリア王国のために祈ってくれ。
遡ること2018年2月。『バトルフィールド1』を毎日のようにプレイしており、武器のスキン集めに勤しむ毎日を送っていた。帰宅 → 飯 → 風呂 → ゲームという刺激的で生産的なライフサイクルだ。いつものようにスキン集めに励んでいると、友人が「ゲームの舞台になってる戦場って、実際にはどうなんだろうね」という話題を振ってきた。地図や写真を見てワイワイと話していると、なんだか無性に「旅に出たい」と思ってしまった
旅は勢い世は情け、いざBF旅行へ
会話の途中にも関わらず、さっそく「BF旅行」のプランを組み立て始めた。モデルとなった場所は様々ではあるが、どうせならば訪れたことのないイタリアに絞って、軍の慰霊施設などもあるらしい「モンテグラッパ」に決定。
水の都ヴェネチアから、近くの街まで電車で1時間ほどで行ける事も判明。そんなに難しくなさそうだが、問題は予算。財布との相談が始まる。ちなみにイタリア語はグラツィエとボンジョルノしか知らない。

BF旅行の予算は?
旅行となると、旅行会社が企画をした宿泊場所・航空券がセットになっているツアーを利用するか、もしくは自分で全てを決める個人旅行の二つがある。夏休みが取れるのは8月のお盆時期、まずはツアーで探してみるかと調べるが、通常時期に比べると必要金額が2倍から3倍の約50万円というなかなかハードコアな威力。
それならばと航空券のみで調べてみると、ツアーの値段の半額以下の約17万円。しかも現地で使う食費や宿泊費を含めてもツアーの半額以下を超えない約25万円という試算ができ、これならば行けるとそのまま予約してしまった。
旅行の計画が半年後ということもあり、ここまで安く手配ができたのだと思われる。当然ながら安くあげた分、宿泊、移動、食事などなども全て自分で手配して決めていく必要はある。

移動時間23時間超え
モンテグラッパ山(※モンテは山の意味だが、分かりやすく表記)の最寄りの街はバッサーノ・デル・グラッパ。「モンテグラッパ麓の街」という意味で、名産品はイタリアの国民酒のひとつである蒸留酒「グラッパ」である。シンプルな国民性なのか?わかりやすくて助かるがそのまますぎる。
日本からミラノまで、乗り換え待ちも含め約18時間のフライトだ。そこからヴェネチア経由の電車で3時間の長い長い移動を経て、いざバッサーノ・デル・グラッパへ。ミラノ・マルペンサ国際空港に現地時間の朝に到着! 8月なので当然だが、暑い。溶けそうだ。
日が落ちるまでには何とか宿には着きたいと、慌てて電車に飛び乗る。空港からミラノ中央駅で乗り換え、一路ヴェネチアへ。水の都ヴェネチアは有名観光地なのでご存知の方も多いだろう。私もJOJOの第5部で学んだ。
路線的にヴェネチア・サンタルチーア駅に向かう人も多く、ここまでは日本人も見かけた。しかし、その手前のヴェネチア・メストレ駅で乗り換え後からは、ほぼ現地の人しか見かけなくなっていた。
二度目の乗り換えで、ようやく駅の行き先表示でバッサーノ・デル・グラッパの表記が見える。当初の予定では移動時間は21時間ではあったが、昼食の時間や電車の遅れもあり、この時点では既に23時間を超えていた。宿まではもう1時間ほどだが、「ゲームの戦場から100年経った実在の場所を見る」という目的をすっかり忘れ、頭の中は「早く寝たい・風呂に入りたい」で埋まっていた。ゲッソリしながら電車に乗り込んだ。


到着後まず問題になったのは英語表記がほぼないこと。ヴェネチア・メストレ駅までは世界的に有名な観光都市を繋ぐ路線のため英語案内があり特に困ったことはなかったのだが、ここにはない。繰り返しになるが、私が知っているイタリア語はグラツィエとボンジョルノのみだ。あとはアリアリアリアリアリーデヴェルチくらいか。
本当にたどり着けるのか?
また、もう一つ重要な問題もあった。街までの情報は日本語でも豊富だったが、肝心の「モンテグラッパ」までの行き方がほぼ分かっていないのだ。あとで理解できたのだが、これは観光地化されていないためだと思われる。日本語どころか英語ですら情報がほぼない。
イタリア語であれば情報は集められたが、情報の鮮度も怪しく機械翻訳の信用性高くはないので「もう現地で情報収集しちゃえ! 」と勢いで訪れてしまった。当然「本当に辿り着けるのか?」という不安がつきまとう。


モンテグラッパまであともう少し!と思ったら...
安宿に駆け込み、ドロドロになった体の汗を流すため「まずは風呂!」とシャワーを浴びる。安宿特有のバスルームのドアがキチンと閉じない現象に見舞われるが、疲れのおかげで細かいことは気にならない。小休止後、とりあえず街の観光協会に足を向ける。
さすが観光協会。幸いにして英語での案内をしていたため、身振り手振りを交えつつモンテグラッパまでの行き方を相談。結果、「徒歩では慣れていないと厳しいので、タクシーで向かうのが一番だ」と勧められる。冷静に話を聞くと車で1時間らしいので慣れている云々ではない気もした。「それじゃあ、タクシー予約してくれる?」とお願いすると、「自分で連絡しろ」とイタリア語ができない自分には無慈悲なお言葉。観光協会なのに...!?とは思うが、こんなカルチャーギャップこそ日本での“常識”をぶち壊してくれる旅の醍醐味だろう。
翌日、使い慣れない言語で連絡するも当然上手く伝わらず、めんどくさがられて「また後でね!」とガチャ切り。後でなら来てくれのだろうか? 「イタリア人は冷たい奴ばっかりだぜ!」と心が折れかけてきたが、ここで諦めたら24時間かけて安いシャワーを浴びに来ただけになってしまう。
すぐさま部屋を飛び出し、ホテルのフロントに決死の形相で地図を見せながら訴えたところ、どうにか別のタクシーを確保。予算交渉も想定より上手くいって一安心だ。一路、モンテグラッパにあるという慰霊施設に向かう。

COMMENT
コメント一覧 (8件)
めっちゃ良い記事じゃん
流れず少しTOPの方に固定しといて欲しいくらい
拘ってるなぁ大戦へのリスペクトを感じる
魂のある作品っていつまでも愛されるよね
集金のためだけに作られた最新作とは大違いだ
素晴らしい記事をありがとうございます
ゲーム性はともかく、BF1のキャンペーンと雰囲気は最高だったな
EAAで珍しいコラム、楽しくませてもらいました。
おもしろかったです。丘陵地帯での戦闘、想像できないほど過酷だったでしょうね。
25万人の犠牲者や殺傷に特化した近接武器は写真でみても恐ろしく感じました。
貴重な情報ありがとうございました
たしかにめちゃめちゃ忠実に作られていてすごい。
すごいけど・・・そういうところにばかり予算かけてるんだろうなとも思ってしまう。
素晴らしいの一言
ゲームのマップと比較したいという動機で旅するの面白すぎです
私もヴォー要塞とか行ってみたくなりました
貴重な体験をシェアしていただき有難うございます!
とても感慨深い記事でした。
史実に基づいたゲームだからこそ、現地の過去と現在に敬意を払っていると思いました。
ぜひBF4の上海や中国も旅してください!